一週間という時間は、いつにも増して長かった。
今までただその日一日一日をどう過ごすかで精一杯な秀一は、ここ二、三年の思い出は皆無に等しかった。だからこんなにも充実した想いにとらわれたことはない。一日が、一分が一瞬が、長かった。
一日中考えごとをして過ごした。母のことあの男のこと、守護獣のこと神子のこと、そして姉のこと。それが全て妙に客観的に見ることが出来、秀一は日がたつにつれて冷静になっていった。
「よっと……」
毎晩バイトか桜華との訓練で、秀一の身体を休めることが出来るのは日中だけだ。しかしその貴重な時間をおして、彼は図書館を訪れていた。ちなみにレポートを書き上げたいと亮も一緒だ。
図書館のパソコンは古いもので、何度か唸り声を上げては考え事をしていた。ようやく立ち上がったところにキーボードを操作して、エンターキーを叩く。
(やっぱり家族の情報まで載ってないか……)
秀一は息をつく。そう、この数日考えて、はたと気付いたのだ。違和感に。
現われた父親の会社のホームページを睨み付けながら、秀一はアルファベットの羅列を指で辿った。多少なら読めなくはない。しかし求めていた情報はそこにはなかった。
「何調べてるんだ?」
後ろから声をかけられ、秀一は画面から目を外した。声の主は亮だ。
亮は秀一の隣に座って軽く伸びをした。
「いや……ちょっとな。亮」
「ん?」
「子供が親を憎む原因ってどんなのがある?」
亮はぱちくりと瞬きをした。
「……何、お前反抗期なの」
「オレのことじゃねえよ。大体、それならお前に訊いたりするもんか」
ふうん、と小さく返した亮は、延ばした腕を組んで上を向いた。秀一は軽く目を伏せる。他人を頼るなんてガラでもない。
「俺も人嫌いだったからなあ」
「え?」
信じられない言葉を吐いて、亮は薄く笑った。今の彼からは想像もつかない。
「俺だってもう二十年近く生きてんだからそりゃあそんなこともあるさ。しかもさり気に根深かったし」
秀一が何も言わないでいると、亮は過去を懐かしむように笑って言った。
「でもそういう奴に限って、愛されたいもんなんだよなあ」
結局秀一が探していたものは見つからなかったが、亮の言葉は秀一の胸を強く打った。何故だか自分のことの様で秀一は釈然としなかったが――彼にもいろいろあったのだな、と思う。
(オレはあまりにもまわりを見ていなかった)
自分だけが、不幸だと思っていたのだ。エゴイズムもいいところだ。確かに秀一の置かれている状況は特殊ではあったが、一番不幸なのは自分だと。
「……何を考えている、秀一」
夢に墜ちた意識の中で、暗黒魔の声がした。白であり黒であり何もない曖昧な空間が、神子と守護獣の共有空間なのだ。
「何、って」
「お前の心の揺れぐらい我にもわかる。ただでさえお前はわかりやすいのだから――近頃、妙に波立たない。何を考えている」
現われた鳥は苛立っているように見えた。暗黒魔は、魂の憎悪に憑くのだと言う。自分は生まれる前からそんなものだったのかと、秀一は改めて息を吐く。それはつまり運命なのだ。
「いや……あくまでも仮説なんだけどさ」
秀一は考える。こんなに頭を使った時期はなかったように思う。
「オレはあの男を憎んでる。殺したいくらいだ。そこに、桜華が現われた。あの男を殺す算段を練ってる」
「それが?」
「おかしくないか?」
巨鳥の瞳が怪しく光る。秀一は構わず続けた。
「桜華に利益が全く無い。あの男を殺したら今の生活が無くなるだろ」
「……」
「普通に考えて、そこまでリスクの高い暇つぶしがあるか?……あいつきっと何か企んでる」
暗黒魔は秀一をじっと見つめている。素直に話を聞いている。秀一は、その長い首を撫でた。この鳥はわかっている。従うべきを悟った。
「……明晩が、最後の訓練だろう、秀一」
「ああ。明日の打ち合わせをする。その時に少し探ってみようと思う」
「……幼稚さが無くなったものだな」
そうだろうか。ただ考えるべきことが増えただけだ。そのおかげで今まで母への愛とあの男への憎しみだけを糧に生きて来た生ける屍が、ほんの少し目を開いただけなのだ。
(あの男を殺してしまったら、後はどうなるんだろう)
生ける屍は頭をもたげた。
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核心だなぁ^^;時間かけすぎて秀一の殺意がだんだん削げてきた感じ。そしてその殺意と桜華に対する疑念。
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