恋をして死ぬ女だと、そう思った。
「あら、存じて居りましてよ」
恋をして死ぬ女だと思った。身を滅ぼして死ぬのだ。そして幸せに死ぬのだ。最後の件は私の希望だった。
「貴方が私をすきな事」
「……当たり前だ、許婚なのですから」
私はなるべく冷たく言った。けれど彼女は知っている。恋で盲いる女ではなかった。
「ねえ、時雨さん、私幸せよ」
「皮肉ですか」
「貴方も幸せに為ってね」
窓辺に立つ彼女の腰に腕を回せば、彼女は素直に寄りかかって来た。抱き締めようと思えばいくらでも出来るのに、心だけは此処には無い。其れが彼女が私の腕の中にいる理由である。気持ちが揺るがない。だから平気なのだ。
「お父様にはやっぱり許して頂け無かったから、心中しようと思うの」
天気のことを話すかのような彼女の口調に、私が鬱陶しくも愛しくも思っている彼女の強さを、感じた。私は黙って聞いて居る。彼女は華族に生まれるべきでは無かったのだ。若しくは私が居なければ、この様な事には為らなかったかも知れない。
そして彼女は死を選んだ。それはもっとも単純(シンプル)で、ニヒリスティックな結末だった。
「生きる事に意味なんて無いのよ。恋して、私は死ぬ。人は其の為に生まれたのだわ」
「香代子」
「其れが赦されない恋だとしても、私は幸せよ」
翌日何処ぞの無名浮世絵師と香代子の死体が見つかった。どうやら服毒した様だった。薬を手配したのは私だ。彼女は安らかに死んでいった。
そして私の手元には、心も身体も残っては居無いのだ。
掃除してたら出てきた文章。棚の奥に眠ってた。いつのだろ…
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