百合川秀一(ユリカワシュウイチ)は悩んでいた。彼は十八歳でコンビニのバイト、その日その日が生活出来れば十分な人生をのらりくらりと送っていた。学校は行かず一人暮らし、ハーフだし顔もそこそこなのだから出るところへ出ればマンションの一つや二つ買ってもらえるかもしれないのにそれもせず、まあとりあえず普通に、フツーに過ごして来た。
のに。
「あー……」
「何やってんだ秀」
缶ビール片手にヤンキー座りな秀一に、呆れたバイト仲間が声をかける。深夜のコンビニは今客がいない。
「いいからそれ詰めとけよ。これから若人が買いに来るぞ」
「オレだって若い……」
「未成年だろ」
「亮(リョウ)こそ……」
「……なあ、マジでどうした?」
明日は完徹で講義に出るという亮は秀一よりよっぽどしっかりして見える。秀一はと言えば今日も明日も夕方まで熟睡だ。
缶をすべて押し込み終えて、秀一は頭を掻いた。
「や、ちょっと家庭内事情……」
「お前一人暮らしだろ」
「ん……まあ、いろいろな」
それ以上語ろうとしない秀一に、亮は問い詰めることをしない。
聞かれても困るのだが。
(親父を……殺す、なんて)
憎しみが再燃する。
あれはいつの――そう、母が死んだ頃だったか。
秀一は学校をやめざるを得なかった。もともと楽しくて行っていたわけではない。学生服で母の亡骸を見送って、雨の中途方に暮れ一人立ち尽くしていた時だった。
声が聞こえたのだ。闇の底から響く低い声。同時に見たこともない巨大な美しい鳥を「視」た。
そして秀一は己が――「神子」であることを知った。
「暗黒魔(アンコクマ)」
「――なんだ」
ぶわり、風が起きて夜を往く。人気のない公園のベンチに座った秀一の目の前に現われる巨鳥。
"守護獣(シュゴジュウ)"が憑いた者を「神子」と呼ぶ。暗黒魔は秀一の守護獣だ。守護獣は魂に憑くものであり、守護獣がなんらかの作用で消えれば「神子」は死ぬ。そのリスクの代わりに、「神子」は優れた身体能力や容姿、そして特殊能力を得る。日本の芸能人なんかはほとんどが「神子」だ。ただ本人に「覚醒」が来ていないか、そ知らぬ振りをしているだけである。圧倒的に前者が多いが。
「なあ、聞いていいか」
「何をだ」
「何でオレに憑いたんだよ」
守護獣は東洋の魂に憑く。アメリカ人とのハーフである秀一ならば確立は低いはずだ。それなのに。
「最強の三鬼(サンキ)が一、この暗黒魔が憑いた理由か」
守護獣は通常具現化などしない。出来ないのだ。力の無い守護獣は「神子」に具現させてもらうしか無い。それにはまた「神子」の力も強くなければならないから、通常ありえない。過剰な"力"の使用による具現ならばあると言うが、この守護獣はどうだろう。一人でに現われることが出来る。
すなわちそれだけ力が強いのだ。最強の三鬼――最強の三匹の守護獣のうち一匹が、なぜ。
「三鬼には変り者が多い」
「……。」
「守護獣が惹れるのはその魂のもつ根本的強さだ。血ではない。そればかりは我らの性だ。あいにく我は興味がないから、貴様の姉貴にでも聞くがよい」
「え、」
「シュウイチ」
まだよく慣れない声が秀一を呼んだ。暗黒魔は隠れない。守護獣は常人には見えない。
けれど彼女は常人では無い。
「桜華(オウカ)」
「おねーさまとお呼びと言ったでしょ。コンバンハ暗黒魔」
「ああ」
「なんやノリ悪い奴らやなー。ウチはおねーさまって呼ぶで桜華っ」
「Thanks、銀月(ギンゲツ)」
突如現れた秀一の姉――桜華=フローライトは、その灰色の瞳をくるりと動かし、彼女の肩に乗る奇妙な兎を見た。守護獣、銀月。もちろん、彼女の守護獣だ。
桜華は「神子」である。
「それでさっきの話は――」
「銀月も三鬼が一」
「ああん?まだ執着してんのかいな暗黒魔。そんなんどーでもええやんかー」
長い耳長い尾、その先端に銀の刺をを持った銀月は人間みたく息を吐く。暗黒魔は何も言わない。赤い鬣をわさりと揺らして押し黙る。
「それじゃあ、計画を話そうかしら。こうしてちゃんとシュウイチもきてくれたことだし」
秀一はこの女が嫌いだ。自分とは天と地ほどに違う立場。できれば会いたくはなかったが仕方がない。
「父さま殺害計画を――ね」
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複雑な人間関係は次話。
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