「アンタがあいつを殺す理由が判らないんだけど」
二つに束ねられた兎の耳のように長い髪――それがくるくる輪を描く。暗闇にも映える、暗いブロンド。
「そうね、そこから話してもいいけど……特に無いのよね、理由なんて」
「はァ?」
桜華はぴたりと踊るのを止める。その周囲を飛び跳ねていた銀月も大人しくなった。
「殺人は犯罪なんだぞ、いくら神子の力があるからって――」
「アナタはその技術が未熟。だからそれを鍛えにアタシはここに来た。それに憎んでるんでしょ?シュウイチ、父さまを」
す、とその目が細くなる。いやな女だ、と思った。
会って間もないのに、すべてを見透かされそうで。
「……別に反対はしてねぇよ。ただ、現実的じゃない」
「現実?これがアナタの現実?現実って、何?」
兎がくすくす笑う。守護獣か、それとも目の前のこの女か。
「苦しいのが現実?つまらないのが現実?それとも――偽善者でいるのが?」
「……」
偽善などではない。秀一だって、何度父親を殺そうと思ったことか。けれど出来なかった。己と奴では世界が違いすぎる。遠すぎる。
秀一は唇を噛んだ。
「――決まりね。アタシはアナタを鍛える。アナタはアタシに手を貸す。アナタ、一石二鳥じゃない」
「……あんたに、利は。なんで、そこまで」
舞う金が、地獄からの使者にも見えた。
「アタシはただ、暇を潰したいダケ」
桜華の母親もまた、秀一の母と同様に日本人だった。"正妻"だ。つまり秀一の母は妾にあたる。
父親はアメリカの大企業の社長で、桜華と彼女の母親と今ものうのうと暮らしている。秀一の存在を知っているかも危うい。桜華が何処から自分のことを聞いてきたのか、不思議でならない。
秀一の母はその男を愛していた。いつも嬉々として、けれど少し淋しそうに、秀一に父親を語った。彼女が過労で倒れ、病室で一人泣きながら愛する人を呼んでいたのを、秀一は知っている。
そんな頃に父親をテレビで見た。彼は日本が好きで、よく訪れるらしいことは衆知であったが、秀一は会いに行く気にはなれなかった。母を見捨て――それ以前に、妻もあった男。その女性もまた日本人だった。来日の様子はお忍びではなかったが、隣には妻と娘を連れていた。秀一の母が病に臥せっているのも知らず、にこやかに笑う紳士――彼女は知っていたのだろうか。
「――」
眠れぬ夜を重ねるのは、もう勘弁して欲しいものだ。秀一は明け方戻ってきてから一睡も出来ていなかった。夜にシフトをいれるのは、眠れないまま一夜を過ごす勇気も気力もないからだ。
身を起こす。薄っぺらい布団に手を突き、俯いて額を押さえる。
「……もう……」
桜華が来たのは、チャンスだ。神様がくれた、チャンス。
「これでもう……眠れる」
憎しみを力に変えて。
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可哀想な子。でもありがち設定
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