月は相変わらず白々と二人を照らしている。公園の電灯に大きな羽を持つ虫がばたばたぶつかって不快だ。秀一はもう慣れた夜の公園と自分の姉を眺めるともなく眺めた。
「月が綺麗ね」
「……」
「銀月の力が増すわ」
ピンヒールが花壇のコンクリートブロックを叩く。その視界をさえぎるように突如秀一の頭の横から現れたのは兎の耳――銀月だ。
「いい加減戦闘覚えんとなぁ、シューイチ君?ほれ、暗黒魔かてうずうずしとるでぇ~」
「……黙れ子兎。我を愚弄するとはいい度胸だ」
背中の方でした声は、秀一の守護獣暗黒魔のものだ。その低い声は抑えられてさえいるが、秀一にはわかる、この獣は少なからず嬉々としてこれから起こることを待ち望んでいると。
「……で?今日は"力"をつかう練習ってとこか」
「That's right.アナタには覚えてもらわなきゃなんないことがあるの。それも――できればさっさと」
桜華は相変わらず灰色の目をきょろきょろ動かしながら笑っている。この女は笑ってばかりいる――それが憎しみ以外の姉への気持ちだった。
「……さっさと?」
「ええ。その話はあとで――さぁシュウイチ、両手を出して。アンタに憑いてるのが暗黒魔でよかったわ」
桜華は鼻歌混じりに秀一の手を取り、ベンチから立ち上がらせた。彼は諦めの色も濃く言われるがままに両手を持ち上げた。
「教えたとおりにしてネ。……そうね、あの花壇がいいわ。あそこに生えている花に意識を集中して」
桜華に従うのは癪だが、あの男を殺すため――そう思えば自然と怒りが湧き、秀一は両手の人差し指と親指で作った輪の中にその花を捕らえる。暗くてよく見えないが、白い花だ。桜華は着々と指示を出す。
「眉間から胸へ、そして指先へ気持ちを移して手のひらで溜めて」
何を、と問うまでもなかった。背後の獣の目線が痛いほどわかる。意識が研ぎ澄まされている。指で作った輪の中に光が見える。否――炎、が。
そう理解した瞬間、見つめていた白い花が一瞬にして紅蓮の炎に包まれた。
「Great!アタシが何言うまでもなかったわね」
何が起こったか分からぬままでいる秀一に、姉はにこりと笑いかける。大きな獣は喜びの声をもらす。秀一は己の手のひらを見た。
(これがオレの――力)
ぞくりと肌が粟立つ。常人では決して有り得ぬ力。その意味を――今やっと、知ったのだ。
「その力は地獄の炎、三鬼の中でももっとも好戦的で攻撃性の高い守護獣――それが暗黒魔。すなわち全ての攻撃型守護獣の頂点に立つのが、彼」
「……地獄の炎」
「全てを燃やし尽くす地底の業火だ。灰も残らん」
暗黒魔が誇らしげに嘴を鳴らす。秀一はその喉元を撫でて、桜華に視線をやった。
「これか、あんたが欲しがったのは」
「What's?」
「最強の攻撃力。あんただって仮にも三鬼憑きなのに、わざわざオレを呼び寄せてあいつを殺そうなんて言う理由だ。――オレを鍛えたら、あんただって殺される危険があるのに」
娘はにこにこ笑っている。月光が金を照らして、兎が跳ねる。
「カンペキ主義なのよ、アタシ。それと理由はそれだけじゃないわ」
「……」
「アナタアタシの弟じゃない、姉弟は仲良くしなきゃ。……ああそうだ、急いでいるワケを教えてあげる」
桜華は笑って、実に楽しそうにこう宣った。
「一週間後、父さま来日するの」
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爆弾発言!
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