「あのな、秀一」
黒々とした髪に手を突っ込んで、亮は半目でバイト仲間を見た。見た目はこざっぱりした好青年なのだが、ため息を吐く雰囲気は定年を過ぎた老人の様である。
「その棚の箱全部上下逆だぞ」
「……え、あ」
綺麗に逆さまに並んだお菓子の箱をぼんやりと見て、秀一は間抜けな声をもらした。しゃがみこんでちまちま並べていたものが、全部やり直しだ。
「今度は何悩んでるんだ?」
「いや、悩んでるわけじゃねえけど」
「ホントかよ」
「混乱してんだ」
亮もしゃがんで箱を並びかえる。それをちらと見やって、秀一も手を動かし始めた。
亮からは、「神子」の気配がする。これは秀一が桜華と出会って学んだことのひとつだった。神子の気配を感じることが出来ること。ただそれは人それぞれらしく、街中などで感じるそれも様々ではあった。亮の気配は特に異質だから、三鬼みたいなものなのかもしれない。
(つっても、覚醒してるかどうかもわかんねえしな……)
下手なことを言えば頭の中を心配されるだろうから、秀一はこの手の話は絶対他人にしない。唯一友人と呼べる亮でさえ、神子のことや家族のことは言わない。亮はきっと自分とは違う幸せな家庭を人生を築いてきたのだろうから、言ったって無駄なのだ。それに、どんな匂わせ方をしても彼は尋ねてこない。それもまた秀一が亮と仲良く出来る理由である。
「混乱って?」
「いや、うん……」
口をつぐむと、亮はじっとこちらを見つめてきた。少し考えて、答えた。
「よく出来過ぎてんなと思って」
「桜華は素直じゃないんやなあ」
兎が悲しげな目で金髪を見つめている。シャワーの湯気が視界を隠し、灰色の目玉が銀月を捕らえた。
「何のこと?」
「秀一とパパのことや」
バスローブに身を包んだ桜華の肩に飛び乗りながら、銀月は言う。兎は全てを知っている。一番客観的に全てを見られる位置にいるのは、この人ならざるものなのだ。
「多分そういうとこ秀一にそっくりや」
「ふふ、そう?」
ふかふかのベッドに身を投げて、桜華はケータイを取り出す。ロックを解いた待受には、一人の日本人女性の姿が写っていた。
「あんまり嬉しくないわね」
「それが兄弟っちゅうもんや」
「何ソレ、誰の受け売り?」
「先々代の銀月憑きやったかな」
銀月がぽふぽふとベッドの上を跳ねると、桜華は微笑んでそれを眺める。守護獣憑きである神子は、容姿が整っていることが多いのだが、ハーフである桜華のそれは魔物じみてすらいた。アメリカでも時にはモデルの仕事などこなすが、あまり興味がないようだ。
冷たい笑みが心を隠す。天使のようにも、悪魔のようにも。
「だって苦しんでもらわなきゃ。そのためにアタシは待ったんだから」
少しずつ、回り出す。
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Somewhere in the worldは「一方その頃」だったと思。
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